大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所金沢支部 昭和36年(う)25号 判決 1961年10月12日

被告人 宋元吉

主文

本件控訴を棄却する。

理由

理由不備の論旨について。

所論は要するに、原判示第三の各事実には、外国における非居住者二名(内一名は被告人の兄黄徳垠)中の一名と本邦内における居住者二名(内一名は被告人)中の一名との間の債権債務関係並に本件所為がその債権債務関係に如何なる影響を及ぼすことを目的としてなされたかが判示されていないから、外貨の流入流出を伴わない本件各所為が、何故に外国為替管理上の規制を害することになるのか全く不明である。これすなわち、外国為替及び外国貿易管理法(以下法と称する)第七〇条で罰する同法第二七条第一項第三号違反の罪となるべき事実の摘示としては、致命的欠陥があることを物語るものであつて、原判決は犯罪の構成要件を充たすに足りない事実に罰則を適用した結果、理由にくいちがいのある違法を冒したものであり、破棄を免れないと主張するのである。惟うに、所論の債権債務関係及びこれに対する当該所為の目的は、いずれも犯行の動機、目的、原因関係に過ぎないものであり、一般には犯罪の構成要件的事実に該当しないものであるから、証拠上これが明確であれば足り、罪となるべき事実として判示する必要のないものである。併しながら、法第二七条第一項第三号においては、その目的の典型的なものを捉え、「非居住者のために」と掲げ、この目的に出でる行為のみを禁止しているのであるから、これが違反罪においては、右の目的が犯罪の特別構成要件になつているものである。而してこの場合、罪となるべき事実として、右の目的を取り入れ判示するに当つては、最少限度「非居住者のために」と法文の文言通り掲げれば十分であつて、所論の如き詳細な判示方は要求されていないものと解すべきである。然らば、右文言の外若干の原因関係を附加した原判決の罪となるべき事実の摘示には、何等欠けるところがなく、論旨は理由がない。

事実誤認の論旨について。

所論は要するに、原判示第三の事実関係において、仮に原判決に理由不備の違法がないとするならば、原判示所為は外国為替管理上何等弊害を伴わない行為であるから、形式的に犯罪の構成要件に該当しても、実質的な違法性を欠き、犯罪を構成しないのである。然るに原判決は、誤つてこの違法性ありと認定し、被告人を有罪に問擬したのは、重大な事実誤認の違法を冒したものであると主張するのである。併しながら、本件記録によれば、原判示第三の各所為が何等弊害を伴わないと云うのは、論旨の独断であつて、恐らく邦貨又は外貨の流出流入がないから、然か云うのであろうが、法第二七条第一項第二号以下(特に第三号以下)が邦貨又は外貨の流出流入を伴わない取引の決済ですら、これを勝手に行うことを禁止している所以のものは、かかる当事者間の私的な決済によつて、対外為替の公定相場を無視する取引がなされ、果ては公定相場の維持、存在を有名無実にする弊害をもたらすとともに、本邦向支払において、本来受け取るべき外貨が入らないため、外貨の獲得集中が妨げられ、或は外国向支払において、同条第一項第一号の禁止を潜脱する結果を招来する等、その弊害の顕著なものがあるからである。而してこの場合において、本邦における支払当事者の一方と外国居住者二名中の一名との間に、以前から債権債務関係があろうとなかろうと、更にはこの支払により、新に債権債務関係が生ずると否とに関係なく、斉しく前記の弊害を伴うのである。然らば原判示所為に何等弊害を伴わないことを理由に、犯罪を構成しないとする論旨は、すでにその前提において誤があり、理由のないことは明らかである。(なお原判示第一の事実として掲げる別表(甲)記載の72の到着郵便局名が丸岡とあるのは、受取人の住所地の関係から、勝山の誤記であり、原判示第二の事実として掲げる別表(乙)記載の2以下の年月日欄に〃印(昭和三四年の意味)を記載してあるのは、その配列の順序及び原判示第二の本文の記載に徴し、昭和三五年の誤記と認める)。

よつて本件控訴は理由がなく、刑事訴訟法第三九六条により、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 堀端弘士 内藤丈夫 広瀬友信)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例